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先週日曜で阪神・淡路大震災から15年が経ちましたね。
当日(今年の1月17日)にも書いたんですけど、

こんなことを書いたんです。
もう何度か書いたお話なんで、聞き飽きた、って方もいらっしゃるかも知れないんですけど、
阪神・淡路大震災の前日、1995年1月16日、ワタシは神戸にいました。
当時、広島で専門学校の寮にいたワタシは「青春18きっぷ」で始発の電車に乗って一路、東を目指してました。
最初の予定では日帰りで、と思って、
「若干遊びの時間も入れて、このあたりでいいかな」
って神戸で電車を降りたんですが、街のあちこちをちょっと早足で散策したんですが、(当たり前の話ですが、)ガイドも何も持ってない状態では数時間ではとても遊びつくせない、

「どうしよう、このままどこか安いホテルかどこかで1泊してもう1日遊ぼうかな…それとも、今日頑張って帰るか、悩むなぁ…」

なんて悩みつつ、結局、当日(16日)、神戸を出たんです。

で、17日、広島でも結構な揺れがあったようですが、前日、かなりの時間電車で揺られてたワタシは気づくわけもありません。
爆睡しててちょっとした笑いものになったんですが、

あのとき、もしどこかに泊まっていたら、と考えるとゾッとするんですよね。
当然しばらく帰れなかったでしょうし、もしかしたら、命を落としていたかも知れない。

テレビで昨日見た生田神社が崩れている空撮を見た瞬間、
血の気が引いていくのが分かった瞬間でもありました。
ホント、ある意味人生の境目を感じた出来事でもありました。

もし、何かワタシにあったとしても、それを知っているのは、同じ寮に住んでいた数人の友達しかいない、
親にも、寮を管理していた教員にも何も告げずに出かけていますから、
迷惑の大きさを考えると、すごい事になっていたでしょうね。

当時はポケベルくらいしか連絡手段はなかったように感じますが、
今はtwitterなどもありますし、
生きてさえいれば、電波がつながれば、どうにかなるかな?
なんて思うこともあるんです。
(もちろん、リアルな知り合いがそのツイートを見つけてくれれば、ですけどね。)

もしかしたら、これからは、災害時、そういったマイクロブログなどで「大丈夫だよ」「ここにいるよ」といったような発言はあるのかも知れませんね。
もちろん、何事も無いことが一番大事なんですけどね。

なにかあった時のための準備はしていて「し過ぎる」ということはないと思います。
家族との話し合い、そして、いろんな情報、しっかり持っておきましょうね。